大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和60年(行ツ)146号 判決 1989年2月23日

京都市山科区日ノ岡夷谷町一七番地

上告人

中島六兵衛

右訴訟代理人弁護士

中坊公平

大槻龍馬

谷村和治

安田孝

平田友三

京都市東山区馬町通東大路西入ル新シ町

被上告人

東山税務署長

辻彦彰

右指定代理人

立花宣男

右当事者間の大阪高等裁判所昭和五八年(行コ)第二二号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が昭和六〇年五月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中坊公平、同大槻龍馬、同谷村和治の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 大堀誠一)

(昭和六〇年(行ツ)第一四六号 上告人 中島六兵衛)

上告代理人中坊公平、同大槻龍馬、同谷村和治の上告理由

第一 原判決には、理由不備乃至理由齟齬の違法、及び判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背があり、到底破棄を免れないものである。

即ち、原判決は、本件課税対象年度における上告人の利子所得に関し、上告人が現実に利息収入を得ていない分まで利息金を収受したものと誤つた認定して被上告人の課税処分を認容したものであるが、これは「所得税は…の所得について課する」との実質課税の原則を表明した所得税法七条に違反するものである。

一 原判決は、上告人の昭和四〇年及び昭和四一年度の訴外韓学教(以下「韓」という)に対する貸付金の利息収入金額の算定に関し、第一審判決の理由をほぼそのまま引用して、実質は貸付金の返済期限の延期で、延期の際上告人が何等利息収入を得ていない分についてまでも利息を収受したものとし、右収入を前提とした被上告人の課税処分を是認し、上告人の控訴を棄却した。

即ち、原判決は、被上告人が上告人の韓に対する手形貸付けであると主張する第一審判決末尾添付の別表三乃至八の記載各貸付けのうち、別表九掲記の二五回の貸付け分(昭和四〇年に一五回に亘り貸付けられた計金一二、三九三、〇〇〇円、同四一年に一〇回に亘り貸付けられた計金一七、八六三、〇〇〇円)のみが真実の貸付けで、その他は手形を受領していても同表及び別表一〇に示すとおり当初の貸付けの期限の延期を手形の書換えによつて行なつていたにすぎないもので新規の貸付ではなく従つて上告人が右期限の延期の都度旧手形の元利金を現実に収受した訳ではないという上告人の主張を排除して、前記別表三乃至八記載の受取手形全部についてこれが新規の手形貸付であり、従つてこれに先立つて決済された旧手形の元利金を全て上告人が収受したものと認定したのである。

二 然しながら、前記別表九掲記の二五回の新規貸付の受取手形以外の受取手形は延期のための旧手形の書換えのために受け取つたもので、実質は旧手形の原因たる消費貸借の期限の延期がなされたにすぎないのであり、従つて現実に弁済がなされた一部の貸付けを除いて元利金の弁済がなされたとはいえないものであり、これらについては上告人に現実には利息収入がなされていないのである。

即ち、本件貸付に関しては、いずれも韓から約束手形が差入れられていたのであるが、その返済期限が到来しても韓に返済資金がない以上は、上告人としても、韓の延期要請に応じざるを得なかつたものである。

然し、上告人は同人の安易な返済延期の要請を牽制するため、右手形を取引銀行を通じて取立に廻していたため、その際には返済期限延期のためとはいえ手続的には書換の新手形と引換えに旧手形に見合う現金を韓の経理担当従業員であつた久保喜野に交付して旧手形を決済する形式をとつていたもので、これが反覆して繰り返されていたにすぎないのである。

そのため、外形的には旧手形が銀行で決済されて元利金の弁済が行われるという形にはなるものの、その実質は返済の延期にすぎず、上告人に現実に貸付金の元利金が弁済されて上告人にその利息収入があつたといえるような実体では全くなかつたのである。

要するに、本件取引きの実体は「一旦返して、新規に借りる」のではなく「返済日が来ても返せないから期限を延期し、その方法として旧手形を落す金を交付した」に過ぎないものであり、従つて右の如き方法による延期により、現実に利息収入があつたことにならないことは明らかなのであるこのことは、第一審における証人久保喜野の証言、同審における上告人の本人尋問の結果、甲第一九及び第二〇号証中の「延期」あるいは「書替え」という記載の存在、また、前記二五回の新規貸付けとは異なり、上告人が実質延期であると主張している分についての新手形の授受は旧手形の満期日の前後にこれと接着して行われており、旧手形の決済と新手形の振出との間に密接な関連が認められること、更に当時韓に返済資金がなかつたという事実等からも明らかなのである。

而して、原判決も韓の返済能力が次第に悪化していたこと、返済期限に韓に返済資金がなく借り替えを繰り返していたこと、及び別表三乃至八記載の各手形はいずれも別表九、一〇に整理されているとおりの関連性を有しており新手形を交付するのと引換えに旧手形に見合う現金が交付されて旧手形が決済されている特異な関連性の存在を認めているのである。

三 然るに、原判決も右の如き特異な関連性を認め乍らも、引用の第一審判決が具体例として掲記した上告人の卓上日記の「貸」の記載、及び韓の代理人久保が右延期に伴う新手形の差入れに際し作成した計算書の記載、並びに本件貸借においては借用証が作成されておらず全て手形により処理されており期限に現実に現金が交付されているなどの事実から、特別の事情のない限り本件金銭貸借は典型的な手形貸付とみるべきであり、上告人が手形貸付の都度利息を天引取得して現金を交付したものと判断したのであるが、右卓上日記や計算書の記載から直ちに本件金銭貸借が典型的な手形貸付であると判断することは甚だしく妥当性を欠く誤つた判断であると言わねば成らない。

又、本件貸借においては上告人は韓から借用証を徴せず全て手形を徴してはいるが、本件貸付が行われた昭和三八年当時は手形用紙は文房具店で販売しており、昔から貸金業をしていた上告人としては手形について借用証代り程度の認識しかなく、今日のような統一手形用紙により整備された状態における手形貸付とは異なるものであり、借用証を徴さず手形だけで取引きをしていたと言うだけで典型的な手形取引きと見ることは到底出来ないものであるばかりでなく、右の如く判断することは何よりも韓が返済期限に現実に返済資金がないため返済延期を繰り返していたという本件事案の実体と、これを裏付ける新旧手形の特異な関連性を全く無視若しくは看過する判断と言わねばならない。

取引当事者である上告人も、韓及びその代理人である久保も右取引きについては韓において返済期限に返済金がないため延期するとの認識しか有しておらず、取引きの都度旧債務の返済を受けて別途新規に貸付を行つたとは全く考えていないのである。

従つて、右久保において新手形と引換えに現金を受領したことをもつて新たな金銭消費貸借契約の成立であると考えていたと認めるのも誤りであると言わねばならない。

右久保の計算書の記載も上告人に無理な延期を頼む以上は、延期に際して結果的に複利計算となつて新手形の額面額が増える程度のことは巳むを得ないとして計算したに過ぎないものと認むべきものである。

右は金融業者である上告人が期日の延期に際し、利息を含んだ旧手形に見合う金額を元金として利息計算をさせたため、結果的に複利計算となつて新手形の名目的な額面金額を増加させることになつたものに過ぎないのである。

四 以上のように、本件において上告人が主張返済期限延期のための手形書替は実質的には、元金の返済も利息金の支払いもない単なる返済の延期であり名目的に利息金額が増加しているにすぎないのである。

従つて、本件取引は旧手形の決済と言う形式面は別として、正しく原判決の言う特別の事情のある場合に当たるものというべきであるにも拘わらず原判決が形式的に手形の銀行決済という形式面から本件は典型的な手形貸付であり、新手形とそれに見合う現金の授受があれば新規の手形貸付が成立し、旧手形が決済されれば旧貸金債務も弁済によつて消滅し、その際現実に利息収入があり所得があつたとした事実の認定には明らかに証拠の判断を誤り、その結果事実認定をあやまつたもので甚だしい理由齟齬乃至は理由不備の違法があるものと言うべく、その結果「所得税は所得について課する」とする所得税法七条の解釈適用を誤つた違法を犯したものであり右法令の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであると言わねばならない。

第二 原判決も、上告人と韓との裁判上の和解について、期間税たる所得税については、当該事由によつて生じた損失はその事由の発生した年度の事業所得の金額の計算上必要経費に算入すべきものであると判断している。

然し乍ら、本件において上告人と韓との間で裁判上の和解が成立したのは昭和四三年一月ではあるが、右和解は利息制限法超過利息については本来的に無効なものであることからこれを確認したにすぎないものであり、従つて右制限超過利息は昭和四〇年、昭和四一年に遡つて効力がなかつたことに帰着するのであつて、これを原判決の言う如く昭和四三年度に発生した後発的事由としてその年度の経費に計上するべきものであるとすることは明らかに誤りであると言はねばならず、右判断は最高裁判所昭和四六年一一月九日の第三小法廷判決の「・・ひとまずは、課税対象となるとみるべきである。」との判断の趣旨に反するものであり、いずれにするも破棄を免れないものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例